母の愛情がたっぷりなシンプルな飴

今回ご紹介するのは【幽霊子育飴】です。東山区にある[みなとや幽霊子育飴本舗]という飴屋さんで売られています。
はじめて聞くとちょっと怖い名前ですね?

店先に貼ってあった紙の本文を載せさせていただきます。

幽霊の子育て伝説
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昔、女が夜ごとに飴を買いにくるようになった。女が飴を買った翌朝に、代金を納めている銭箱をあらためると、木の葉が1枚入っていることが続いた。不思議に思った当時の店主は、ある夜、女の後を追った。すると、女は墓地のある鳥辺山で姿を消し、土中から赤ん坊の泣き声が聞こえた。そこは身ごもったまま亡くなった女性を埋めた墓だった。寺に事情を話して掘り返してみると、墓の中には飴をしゃぶった赤ん坊がいた。死後に生まれた赤ん坊のために、幽霊となった女が飴を買いにきていたのであり、飴の代金として渡されていた木の葉は、女の墓に供えられていたシキミの葉だったのだ。

当時は、箸に巻いた水飴として売られていたが、今では麦芽糖からつくられた素朴な飴となっている。死してなお我が子を思う母の愛情の表れとして400年以上も語り継がれている。その飴は”幽霊子育て飴”として今も広く人々に愛され続けている。
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昔から、母は強し、子を思う母の愛情はどの時代も変わらず、なんですね!

幽霊子育飴

幽霊子育飴を売るみなとや幽霊子育飴本舗さん。六道珍皇寺、六波羅蜜寺よりすぐ!

幽霊子育飴を製造販売するみなとや幽霊子育飴本舗は450年以上続く日本一歴史のある飴屋、なんだとか。
幽霊が買いに来た当時は、水あめのような形で販売していたそうですが、現在は固形の飴です。材料はなんと麦芽糖とザラメ糖のみ!昔ながらの製法です。味は昔ながらの素朴な味で普通に美味しいです。シンプルでなんだか食べたことのあるような~、懐かしい味なんです(*^-^*)
ちなみに話の赤ん坊が成長して立派な僧になった事から栄養や教育に効果があるとして、赤ちゃんの健やかな成長を願って購入する方が結構いるようです。

幽霊子育飴

鳥辺野の地

お店の住所でもある轆轤町は、もともとたくさんの髑髏が転がっていた地、が転じて轆轤町になったといわれています。むかし、この辺りは鳥辺野といって、古くから墓地・葬送の地だったのです。京都では北の蓮台野、西の化野とともに三大墳墓地です。そして、六道の辻といって、あの世とこの世の境域といわれていたようです。六道の辻周辺には有名なお寺が2つ、六道珍皇寺と六波羅蜜寺があります。

六道珍皇寺

小野篁

平安時代、宮廷官吏の小野篁という人が亡くなった母親に会うために冥土に通い始めました。
大変頭が良かったので、閻魔大王の補佐として、無実の罪で地獄へ落ちた人を救ったり、閻魔大王の裁きの助言をしたりしていたと伝わります。閻魔堂には小野篁作といわれている閻魔大王(大迫力!)と小野篁の木像が並んで安置されています。
そして本堂脇の庭の奥には、その冥土への入り口といわれる井戸があり、普段は庭への扉の柵から奥の庭の井戸を遠くにですが見ることができるのです。

この扉の窓越しに井戸を見ることが出来ます…

閻魔様のかわいいおみくじ。
おみくじの内容はだいぶ辛口…大凶が結構出るみたいです(笑)

六道まいり

お盆には先祖の霊を迎えに行きますが、京都では「六道まいり」もしくは「お精霊(しょらい)さん迎え」といって、8月7日から10日の間に精霊(御魂 みたま)を迎えるために六道珍皇寺を参詣する風習があります。参道で高野槇を購入し、水塔婆に戒名を書いて頂き、清め、「迎え鐘」を撞く行事です。

陶器まつり

ちなみに六道まいりの期間、五条坂一帯では”陶器まつり”があります。清水焼発祥の地で、約400もの出店が並びます。掘り出し物に出会えるかも?

まとめ

不思議な名前のシンプルな飴から、その土地のなんだかふか~い歴史を知ることができたような気がします!
六道の辻周辺は京都ならではの小路や路地がたくさんあるので、歩いてみるのも探検みたいですごく楽しいですよ!

SPOT INFO
みなとや幽霊子育飴本舗
営業時間: 10:00~16:00

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